北朝鮮の拉致問題は、天皇家と「李家」の茶番劇。

今回も RAPT 理論を基に、この世の裏を見ていきたいと思います。

天皇家と李氏朝鮮の王族「李家」との間に深いつながりがあることが分かってきました。

現在、日本を支配しているのは「李家」であり、彼らの悪事によって日本の政治経済はめちゃくちゃになり、庶民の生活は苦しくなっています。

今回は、天皇家と李家、韓国、北朝鮮のつながりについて深く掘り下げてみようと思います。

まず確認ですが、現在の天皇家は家系図の通り「李家」です(こちら)。

○「高木家」と「李家」とのつながり。

「三笠宮」の当主は崇仁親王妃百合子(たかひとしんのうひ ゆりこ、1923年〈大正12年〉6月4日 – )です。

彼女は昭和天皇の弟「三笠宮崇仁」の妃で、旧名は「高木百合子(たかぎ ゆりこ)」といいます。

彼女の母は 「入江為守 」の娘「入江邦子」で、「入江為守」は「冷泉為理」の3男で、藤原北家になります。

「麻生太郎」と同じ藤原北家で、「三笠宮」には「麻生太郎」の妹「寛仁親王妃信子」がいます。

「高木百合子」の父「 高木正得 」は、丹南藩(たんなんはん)藩主で譜代大名の「高木氏」の出身です。

藩祖の「高木正次」は、徳川十六神将の1人「高木清秀」の子で相模国・武蔵国・上総国・下総国及び近江国に9千石を領する旗本だったのですが、この「高木氏」の子孫には「正」の字が受け継がれています。

ーーこちらからーー

高木家

譜代 10,000石

1、高木正次
2、高木正成
3、高木正弘
4、高木正盛
5、高木正豊
6、高木正陳
7、高木正恒
8、高木正弼
9、高木正直
10、高木正剛
11、高木正明
12、高木正坦
13、高木正善

ーー引用ここまでーー

「高木」姓で「正」がつく人といえば、韓国元大統領の「朴 正煕(パク・チョンヒ)」で、日本名は「高木正雄」です。

彼は「小泉純一郎」や「小泉純也」にそっくりでした(画像はこちらから)。

さらに、「小泉純一郎」と「福田赳夫」、生長の家の教祖「谷口雅春」は、大韓民国初代大統領「李承晩」と似ています。「李承晩」は「李家」ですから、これら全員が「李家」とつながっている可能性があるわけです。

福田赳夫
李承晩
谷口雅春

まず、「李承晩」について、wikipedia より引用します。

李 承晩(り しょうばん、イ・スンマン、1875年3月26日 – 1965年7月19日)は、朝鮮の独立運動家で、大韓民国の初代大統領(在任1948年 – 1960年)。本貫は全州李氏。

全州李氏について、wikipedia から引用します。

全州李氏(ぜんしゅうりし、전주이씨、チョンジュイシ)は、朝鮮の氏族の一つ。本貫は全羅北道全州である。14世紀に李成桂が出て李氏朝鮮を建国した。

始祖は新羅で司空を務めた李翰(りかん)李成桂(りせいけい)は李翰から数えて22代子孫とされているが王族の李姓を持つものは女真族ではないかと言われている。李成桂の父李子春はモンゴル名の吾魯思不花と明記されている。李子春の同母兄李子興は塔思不花、李子春の兄弟も完者不花、那海などモンゴル名を持っていた。

李翰は、新羅で「司空」という役職に就いていたと『太宗実録』など李氏朝鮮時代の歴史書には記録されており、統一新羅時代から高麗時代にかけて全州地方に勢力を持っていた有力地方豪族だという説がある一方で、李翰の中国渡来説があり、これは全州李氏の記録である『完山実録』には、「李翰は元々は、中国に住んでいたが、海を渡って新羅に渡来した」と記録されており、また『李氏得姓之由來(이씨득성의유래)』には、「李翰は本来は中国の唐朝帝国の末裔であり、李翰の新羅への渡来以降代々全州に住んでいた」と記録されていることを証拠とする。

ーー引用ここまでーー

以上より、「李承晩」は「李氏朝鮮」の創設者「李成桂」の子孫ということですから、天皇家や安倍晋三と親戚です。

上の家系図で「李成桂」の子孫「李要三(岸要三)」→「李作蔵」→「庄吉」と続いています。

この「庄吉」は次の家系図の通り、「上田音吉」です。彼の母は「谷口スヘ」ですから、「上田音吉」は「谷口音吉」と名乗ることもあった可能性があります。

で、「谷口音吉」といえば、生長の家の教祖「谷口雅春」の父の名前です(こちら)。ですから、「谷口雅春」も「李家」の可能性が高いと考えられます。

上の家系図の「上田音吉」は、次の家系図にある初代「上田音吉」ですから、「笹川良一」、「畑中理」、「金正日」、「金正恩」、大本教の教主輔「出口王仁三郎」、創価学会の「牧口常三郎」も「李家」になります。

カルトと「李家」、北朝鮮、天皇家がずぶずぶにつながっています。

また、「金正恩」の母「横田めぐみ」は、「李垠( 李氏朝鮮第26代国王)高宗の七男 )」と天皇家の「梨本宮方子」の孫ですから、「李家」と「天皇家」の両方の血筋になります。

いまだに拉致問題と言っていますが、茶番であることは明らかですね。

ここで、「金正淑」と「金正男」、「金正日」、「金正恩」の4人の名前に「正」が含まれていることに注目したいと思います。

冒頭でお話したとおり、「正」の字が受け継がれているのは「高木氏」です。もしや、「金正淑」は高木氏ではないかと思って「三笠宮」の「高木百合子(1923年~)」と「金正淑(1917~1949年)」を比較してみますと、そっくりです。まるで姉妹です。「李家」と「高木氏」は一体になっています。

高木百合子
金正淑(キム・ジョンスク)

さらに「正」の字を持つ重要人物に「池口恵観(鮫島正純)(1936年~)」がいます。彼は「小泉純也(1904~1969年)」あるいは「小泉純一郎(1942年~)」の従兄弟といわれています。年齢的には「小泉純一郎」の従兄弟と思われます。

この「 池口恵観」こと「鮫島正純」ですが、名前に「正」と「純」があります。「正」があることから、「高木百合子」ら「高木氏」との血縁が疑われます。

また写真のように、「池口恵観」は「梨本宮方子」や「横田めぐみ」にも似ていますから、「梨本宮」の血筋でもあるかもしれません。「横田めぐみ」とは「恵」つながりです。

実際、彼は北朝鮮との関わりは深く、彼が法主を勤める、鹿児島県鹿児島市平川町にある単立(高野山真言宗ではない)烏帽子山最福寺には、松本明慶大仏師による国内最大級の木造仏・大弁才天(高さ18.5メートル)と、北朝鮮の初代指導者である金日成主席を尊敬する意味から金日成主席観世音菩薩が鎮座しているということです(こちら)。

次に「純」という字が、「池口恵観(鮫島正純)」と小泉親子の名前にあります。

で、李氏朝鮮の王族で「純」の字を持つのは誰かというと、「純宗(1874~1926年)」です。

純宗

「小泉純也」、「小泉純一郎」、「鮫島正純」は李王家の「純宗」の子孫の可能性があります。

「小泉純也」は1904年生まれですから、「純宗」の息子。

「池口恵観」は1938年生まれですから、「純宗」の孫です。

で、「小泉純也」にそっくりな人が「梨本伊都子(1882~1976年)」です(こちら)。

「純宗」と「梨本伊都子」の子が「小泉純也」かもしれません。

小泉純也
梨本伊都子

「梨本伊都子」は「梨本宮方子」の母です。

父は「鍋島直大」で、伊万里焼の創始者「李三平」を日本に連れてきた「鍋島直茂」の子孫です。鍋島氏も「李家」とのつながりが疑われます。

ついでですが、梨本宮方子の妹「広橋規子」;梨本宮守正王第二王女。

彼女の夫「広橋真光(ただみつ)(1902~1997年)」は、「李垠(りぎん)」や「高宗」に似ており、父の「広橋賢光」には似ていませんので、「李家」の背乗りかもしれません。

広橋真光 と 広橋規子
李垠(りぎん)
高宗
広橋賢光

次に「福田赳夫」ですが、彼の実家、高崎市金古町は、町全体が部落地区といわれています(こちら)。

さらに、「李一族の取り巻き幹部の息子が日本人になりすましたのが福田赳夫」という説もあります(こちら)。

おまけに、香港の大富豪「李嘉誠」と「福田康夫」がそっくりです(画像はこちらから)。

以上より、「福田赳夫」、「福田康夫」は「李家」の可能性が極めて高いです。

最後に「安倍昭恵」について記載したいと思います。

「安倍昭恵」は写真の通り、「朴槿恵」に似ていると言われています。

また、 「安倍昭恵」の父「松崎昭雄」と「朴正煕」も似ています。「朴正煕」は「小泉純一郎」と似ており「李家」と考えられるので、「松崎昭雄」と「安倍昭恵」も「李家」とのつながりが疑われます。

  右の写真は「朴槿恵」と「朴正煕」

「安倍昭恵」の外曾祖父「森永太一郎」の生家、森永商店は陶磁器の積み出し港として栄えた伊万里で一番の陶器問屋でした。

で、伊万里焼は、先ほど出てきた「鍋島直茂」により日本に連行された「李三平」が生みの親といわれています。

ーーこちらから引用ーー。

李 参平(り さんぺい、生年不詳 – 明暦元年8月11日(1655年9月10日))は、 朝鮮出身の陶工で、有田焼(伊万里焼)の生みの親として知られている。

ーー引用ここまでーー

伊万里焼は「李家」が始めたものですから、伊万里の陶器問屋であった「森永太一郎」も「李家」とつながっており、「李家」かもしれません。

どこまでも「李家」につながります。

で、実は「朴槿恵」は「安倍晋三」と結婚する可能性がありました。以下引用します。

朴槿恵大統領は安倍晋三のお嫁さん候補だった!?

情報漏洩問題などで周辺があわただしい朴槿恵大統領。父親は日本の軍人として活躍した朴正煕大統領ということは皆様もよくご存じであろう。彼女は母親を暗殺され、次いで父親も暗殺された。このような彼女の身を案じ引き取ろうとしていた日本の大物政治家がいたことはご存じない方も多いだろう。私も先日知ったのでご紹介したい。

以下、原彬久『岸信介証言録』より

岸「高木くんの奥さんが殺されて、しまいには高木くん本人まで殺された。しかも殺したのがKCIAの長官という一報が入ってきて
   あ、これはエラい事になったなあ、ってね。それで娘さんだけは絶対に守らなアカンと朝鮮とアメリカの伝手総動員で娘さんの安否を
   調べたもんですよ。男の子もいたけど男の子は男子の務め果たしてケジメつけないといかんかも、だけど娘さん達は助けないと、ってねえ」
原「娘さんですか?」
岸「そう、二人いたんだけどね、上の子は孫と文通もしとったからあの時は『もし韓国にいられないようなら引き取ってウチの二人の孫の嫁にしよう』
  なんて算段まで考えたもんです。まあその後梅原君が穏便に済ませてくれて杞憂で終わったけどね」

高木くん→朴正煕大統領 梅原くん→崔圭夏大統領

世が世ならば安倍晋三夫人は旧姓高木桜子(朴槿恵)さんだったかも知れない。安倍晋三と朴槿恵にはこのような繋がりがあるのだ。朴槿恵が、偽慰安婦像を放置したまま日本に10億円のおねだりをする相手に安倍晋三ほど適任はいない。日本政府は朴槿恵大統領をご招待するそうだが、個人的なお付き合いに国民を巻き込むにはお断りだ。

安倍昭恵
生誕 1962年6月10日(54歳)
日本 東京都 
出身校 聖心女子専門学校 
配偶者 安倍晋三 
親 松崎昭雄(父) 
親戚
森永太一郎(外曾祖父)
松崎半三郎(曾祖父)
森永太平(外祖父)
松崎一雄(祖父)
池部良(大叔父)
岡本太郎(遠戚)
岡本かの子(遠戚) 
安倍昭恵さんには弟がいて、名前は松崎勲(まつざきいさお)さん。
森永ヒ素ミルク事件 グリコ・森永事件

朴槿恵 元大統領
朴 槿恵は、大韓民国の政治家、大韓民国第18代大統領。 ウィキペディア
生年月日: 1952年2月2日 (65歳)
生まれ: Samdeok-dong
大統領任期: 2013年2月25日 – 2017年3月10日
両親: 朴正煕、 陸英修
兄弟姉妹: 朴志晩、 朴槿令
いとこ: 朴栄玉、 朴埈弘

ーー引用ここまでーー

「李家」の「安倍晋三」の結婚相手ですから、やはり「李家」から選ばれたのでしょう。「安倍昭恵」、「朴槿恵」どちらも「恵」という字がありますが、血がつながっているかもしれませんね。

以上、日本と韓国、北朝鮮、天皇家と「李家」が一体になっていることをお伝えしました。

いまだにマスコミは「拉致問題」と言っていますが、本当に馬鹿馬鹿しいです。

真実が広まり、天皇家、「李家」がこれ以上、悪事を働くことができなくなることを祈ります。

フリーメイソンハンドサイン

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