ケムトレイルと毒ガスと自衛隊と製薬会社と天皇家一族。私達の病気は誰のせい?

前回の記事では、ケムトレイルで毒ガスを撒いている可能性を指摘しました。

旧日本軍の毒ガスの種類は以下の表の通りです。

毒ガスを撒いているのであれば、一体この毒ガスはどこで製造されているのでしょうか。

一つの可能性として、自衛隊が挙げられます。実は、自衛隊がサリンなどの毒ガスを製造していることがすでに明らかになっています。

ーーこちらから引用ーー

 陸上自衛隊化学学校(さいたま市北区日進町、陸自大宮駐屯地所在)がサリンなど殺傷能力が高い7種類の毒ガスを製造・管理していることが分かりました。日本共産党の塩川鉄也衆院議員の聞き取りや本紙の取材に対して、防衛省が認めました。

学校や保育所などが周囲に建つ首都圏の住宅街のまん中で、周辺住民はおろか国民には一切説明しないまま、化学兵器として各国が開発してきた毒性化学物質が製造されていることになります。

 防衛省が製造を認めたのは、神経系統を破壊するサリン、タブン、ソマン、VXガス、皮ふのただれを起こすマスタードガス、窒素マスタード、ルイサイトの7種類。いずれも致死性があります。

 1997年に発効した化学兵器禁止条約はこれらの物質の製造・使用を原則として禁止しましたが、研究・防護を目的とした製造は例外扱いとなっています。防衛省は「毒性から人の身体を守る方法に関する研究のため」と説明しています。

 毒ガス製造をめぐっては、「週刊金曜日」(5月17日付から6回連載)が、64年にサリン合成に成功し、自衛隊内部でも極秘扱いの下、毒ガスの製造と研究が続いていたとの元化学学校長の証言をスクープしています。

 84年に日本共産党国会議員団が防衛庁(当時)に化学兵器の有無について聞き取り調査を行った際、同庁は「毒ガスは実験を含め、一切していない」と述べ、否定しています。

 防衛省は製造開始時期について、確認する意向を示しました。(中略)

陸上自衛隊化学学校 防衛相直轄の機関で、核・生物・化学兵器(NBC)からの「防護」のための教育訓練が主任務。定員は100人程度で、1957年から大宮駐屯地に所在。近年は約11億円の年間予算が投じられている。

ーー引用ここまでーー

毒ガスを製造していたこと自体が驚きですが、なんとサリンまで製造しています。サリンと言えばオウム真理教による地下鉄サリン事件ですが、サリンが製造されていたと言われている第7サティアンはじつは覚醒剤・LSD を製造していました。

ーーこちらから引用ーー

1)創価の天敵、新潮社の出版したオウム真相暴露本。第7サティアン=覚醒剤プラント。(注:ゴ○ウ組は、創価学会、統一教会と関係の深い、在日ヤクザ主体の暴力団。)警察・裁判所・検察・一部のメディア・政治屋がぐるになって、オウムの秘密を隠蔽してきた。オウムの黒幕宗教とつるんだ朝鮮系のヤクザの麻薬利権を守るために。(参考①)

2)第7サティアンでサリンを作ったというのが事実なら、オウム信者も村民も大半が死んでいるはずだ。(参考②) サリンは大変毒性の強い神経ガスであり、微量でも多大な被害が生じる。亀裂のあるプラント、換気設備のないプラントでの製造は、絶対に不可能。覚醒剤や幻覚剤を作っていたと考えるのが、正解。

3)「覚醒剤・LSDプラントだった」と証言する元オウム信者さん。
「上九のプラントでは覚せい剤よりもLSDが主だったのでオウムもあの時期には某国ルートで入れていたのを、そのまま流して稼いでいた印象が強いです。」
「LSDって上九のプラントで作っている最中に作っている人の方も作りながら幻覚見るんですよ。」
「覚醒剤製造過程において、もの凄い悪臭がすると聞いたのですが…..だから大規模に出来ず無臭のLSDをメインにして覚せい剤は某国からの輸入に頼った訳です。でも覚せい剤も当時のオウムで既に重要な洗脳グッズになってましたよ。」

ーー引用ここまでーー

この通り、元オウム信者の証言まであります。

地下鉄サリン事件で使用されたサリンは、自衛隊で製造されたものかもしれません。そんな馬鹿なという人がいるかもしれませんが、オウム真理教は「生長の家(日本会議)」や天皇家一族と繋がっているのですから、可能性は否定できません。

地下鉄サリン事件の真相については、こちらの記事もご覧ください。

RAPT×読者対談〈第131弾〉小林麻央の死は悪魔への生贄である。(悪の巨塔・日野原重明と市川海老蔵の深いつながり)

○旧日本軍の毒ガスの製造および人体実験について

ーーこちらから引用ーー

東京新聞:旧海軍、毒ガス人体実験 国内で米軍使用に備えか:社会(TOKYO Web)

日中戦争や太平洋戦争当時に旧日本海軍が、毒ガス研究のため国内で人体を使って実験していたことが分かった。皮膚をただれさせる「びらん剤」を塗るといった内容を詳述した複数の資料が、防衛省防衛研究所と国会図書館に所蔵されているのを共同通信が確認した。一部は軍関係者が対象と明記され、皮膚に水疱(すいほう)が生じる被害も出ていた。

 日本軍の毒ガスを巡っては、陸軍が中国大陸で戦闘や人体実験に使った記録などが一部残っている。今回の資料で海軍による人体実験が裏付けられた。

 中央大の吉見義明名誉教授(日本近現代史)ら複数の専門家は、初めて見る資料とした上で、国内で米軍との毒ガス戦を想定していたことが、実験の背景にあるのではないかと指摘する。

 防衛研究所は、海軍で毒ガス兵器の研究開発を担った技術研究所化学研究部(神奈川県)と、これが改組された相模海軍工廠(こうしょう)化学実験部(同)の報告書を複数保管する。びらん剤のイペリットやルイサイトを除毒する薬剤開発に関する内容。

 このうち相模海軍工廠が一九四四年にまとめた「除毒剤ニ関スル研究」という報告書は、開発した薬剤の効果を人体で確かめる実験を記述。イペリットを腕に塗り薬剤で洗ったり、イペリットを染み込ませた軍服の布地を薬剤で洗った後、人の皮膚に付けたりして観察した。大きな水疱ができた人がおり、一部の実験は軍関係者が対象と記している。表紙には「秘」「処理法・用済後焼却要通報」との表示がある。

 毒ガスを人に吸わせる実験の論文が国会図書館にあることも判明。「ガス検知ならびに防御に資する」目的で四一年に実施した実験では、くしゃみ剤や嘔吐(おうと)剤と呼ばれた種類の毒ガスを吸わせ、感知までの時間を調べた。

 吸入実験の対象は少なくとも十六~三十九歳の八十人だが所属は不明。健康被害はなかったとしている。著者は舞鶴海軍病院(京都府)などに所属した軍医で海軍省教育局の「秘密軍事教育図書」とされていた。

 別の海軍軍医が、理論的に耐えられないとされる濃度のガスを吸わせるなど、人を使い「幾多の実験」をしたとの先行研究が引用され、実験を繰り返したことがうかがえる。

◆陸軍も兵士に体験
<「日本軍の毒ガス兵器」の著書がある歴史研究者松野誠也さんの話> 海軍は戦争末期、米軍が先制的な毒ガス戦に踏み切ることを恐れ、報復用にイペリット爆弾の大量生産を進めていた。切迫した状況下、米軍に使われた場合の備えとして除毒剤の開発を進め、人体実験で治療効果の確認をしたと考えられる。陸軍も教育で兵士に毒ガスを体験させていた。当時は兵士の人権に配慮しておらず、海軍も「この程度なら問題ない」という認識で実験したのではないか。

<旧日本軍の毒ガス> 敵を殺したり戦闘能力を失わせたりするのが目的で、複数の種類があった。びらん剤は皮膚をただれさせ、目や呼吸器にも被害を与える。このうちイペリットはマスタードガスとも呼ばれる。くしゃみ剤(嘔吐剤)は目や喉に激しい刺激を生じさせる。高濃度だと嘔吐や呼吸困難に陥る。肺の障害を引き起こす窒息剤や、細胞の呼吸を阻害する血液剤もあった。国内の製造工程で多くの健康被害を出した。中国大陸には大量に遺棄され、戦後、流出による被害が報告されている。化学兵器禁止条約で日本に廃棄処理が義務付けられ、作業が続いている。

ーー引用ここまでーー

このように旧日本海軍で毒ガスを製造していたことが明らかになっています。そして、この相模海軍工廠跡地の土壌は毒ガス成分で汚染されています(こちら)。この遺棄された毒ガスは今も生きており、事故も起きているようです。

○終戦時旧軍の毒ガス弾などの生産・保有状況

また、旧日本陸軍でも同様に毒ガスを製造していました。

ーーこちらから引用ーー

習志野学校は日本の毒ガス戦の三大拠点の一つである。大久野島で毒ガスの液を製造し、北九州の曽根で兵器に填実し、毒ガス戦の研究と訓練が習志野で行われた。大久野島の調査・研究を進めるにあたってぜひ訪れてみなければならないところだった。森崎賢司事務局次長と二人で「習志野学校」研究会 川鍋光弘さんの案内で習志野学校跡を見て回った。その時のことを報告させてもらいます。

習志野は大久野島とともに環境省の毒ガス調査の対象となっている地域である。習志野学校は現在の京成電鉄大久保駅下車し北へ歩いて10分くらいの所にあった。現在は東邦大学・日本大学生産工学部・東邦大学付属中高等学校などがある文教地区となっています。近くに自衛隊第一空挺団の駐屯地もあり、北九州の曽根製作所のあった所には北九州大学と陸上自衛隊小倉駐屯地があるのとなぜか環境が似ています。これは、大久野島が国民休暇村となり、環境省の管理下にあり、戦争中、秘密の兵器の研究開発をおこなっていた登戸研究所の跡地が明治大学農学部の生田校舎になっていることと無関係ではないように思われます。いずれも秘密を必要とし、証拠隠滅をはかった施設のあった場所であるなら、その秘密を守るため、個人へは売却せず、公の機関や公共性のあるものへ売却、転換し、そのイメージチェンジをはかったのかもしれない。まして、現在でも大久野島・曽根・習志野の周辺には毒ガスが埋設されている、または埋設・投棄されている可能性が強い。戦後60年経った、現在でも環境省が曽根の近くの苅田港で遺棄毒ガスを回収し処理していることからも解る。

(中略)

毒ガスの実験が行われたと思われる八角のガラス張りの部屋、八面房があった。大久野島にもガラス張りの毒ガスチャンバーがあり、兎などの動物実験がおこなわれた。ここ習志野でも動物慰霊の塔があるのだから相当の数の動物が毒ガス実験で殺害されたことだろう。習志野学校では実際に日本人将校を使った人体実験も行われ犠牲者も出ている。また中国のハルピンでは731部隊が外国人を生体実験している。大久野島も習志野学校も731部隊とは密接な関係があり、悪魔の毒ガス部隊が形成されていた。

ーー引用ここまでーー

はい、でました。731 部隊です。731 部隊では細菌戦以外に毒ガスも扱っていました。極悪非道な 731 部隊の残虐行為について簡潔にまとめてある記事がありましたので、引用します。

ーーこちらからーー

第二次世界大戦当時、大日本帝国陸軍の研究機関として満州に実在した部隊、それが731部隊。世界には複数の残酷な研究機関が存在したが、特に731部隊のエピソードは鬼畜すぎるものばかりで、当時の報告書を読むと、今では信じられない残虐行為を知ることができる。

・日本人も人体実験の対象
731部隊は人体実験を主な研究内容としており、対象者は捕虜として捕まえたロシア人、アメリカ人、朝鮮人、中国人、モンゴル人など、複数の国籍の人々。日本人も人体実験の対象として残酷に殺されており、敵も味方も関係なく人体実験を行っていたとされる。

・特に極悪な人体実験
今回は、そんな731部隊が実行した鬼畜すぎる9つの人体実験をお伝えしたいと思う。ここで紹介する実験のほかにも複数の人体実験が行われていたといわれているが、特に極悪な人体実験を9つお伝えしたい。

・731部隊が実行した鬼畜すぎる9つの人体実験

  1. ペスト菌を注射
    ペスト菌を注射し、発病するまでの経過を観察。最終的に生きたまま解剖し、血液の採取や内臓の取り出しをする。麻酔をしないため苦しみながら絶命する。
  2. 生きたまま麻酔ナシで解剖
    上記のペスト菌感染者だけでなく、あらゆるパターンであらゆる人種の捕虜を生きたまま解剖する。頸動脈を切ったり内臓を取り出すため、すべての捕虜が解剖されながら絶命する。
  3. ガス実験
    ガス室にあらゆる種類のガスを充満させ、それをガラス張りの部屋から観察し、絶命するまでの経過を研究する。ガス室で死なない捕虜もいるらしく、その場合は銃で打ち殺す。
  4. 凍傷実験
    極寒の場に置いて凍傷するようすを研究する。手足の指だけでなくあらゆる部分が凍傷となり、最終的に殺す。
  5. 乳児の凍傷実験
    強姦や人体実験のため妊娠してしまった女性捕虜から生まれた乳児を凍傷させ、その症状の経過を研究する。乳児は絶命し、ホルマリン漬けにして保存したものもある。乳児の母親である女性は「子供の命だけは助けて」と声をあげたこともあると記録されている。
  6. 冷凍実験
    裸にした捕虜を複数人マイナス50度の冷凍室に閉じ込め、凍死のデータを記録する。全員が凍死するので絶対に助からない。
  7. 銃弾実験
    捕虜を銃で撃ち、絶命するまでの様子を研究する。銃弾が肉体に撃ち込まれた際の「貫通」に関するデータも集める。
  8. 強制性行為
    強制的に捕虜同士に性行為をさせる実験が行われた。頭から袋をかぶせられ、周囲には複数の軍人や研究者がいるなか性行為をすることになる。
  9. 女性に対する梅毒実験
    梅毒などの性病感染者に強制的な性行為を行わせることで、性病の発病から悪化まで経過などを研究する。このような実験で妊娠する捕虜も多く、生まれた乳児も人体実験として使用して絶命させる。

・まさに黒歴史
ここで開設した人体実験はほんの一部であり、ほかにも複数の人体実験が行われていたとされている。

ーー引用ここまでーー

この 731 部隊には 3000人もの医師たちが関わっており、中国で人体実験をしていました。彼らは武田薬品からの出向が多かったようです。彼らは戦後、帰国後にミドリ十字を創業しましたが、薬害エイズ事件で業績が悪化し、今の田辺三菱製薬に吸収されました。そして、多くの人たちは、武田薬品へまた戻りました。

(注;エイズという病気は存在しません。HIV 検査陽性はすべて偽陽性です。

その他にも、彼らは帰国後に製薬会社や国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)、研究者、大学教授などにおさまっています(こちら)。

毒ガス専門家が製薬会社や国立感染症研究所などに就職し、その弟子たちが現在のさばっているのでしょうか。

毒ガスの製造、実験は換気設備のないプラントでは絶対に不可能です。毒ガスではありませんが、病原体を扱う実験では下の図のように安全基準が定められています。毒ガスの研究や製造には、P4, BSL4 レベル、最低でも P3,BSL3 レベルが必要と考えられます。

ーーこちらから引用ーー

レベル1
通常の微生物実験室で、特別に隔離されている必要はない。
一般外来者の立ち入りを禁止する必要はないが、16歳未満の者の入室を禁ずる。
実験室での飲食・喫煙を禁ずる。
微生物を取り扱う人物は、病原体取り扱い訓練を受けた人物でなければならない。
レベル2
(レベル1に加えて)

実験室の扉には、バイオハザードの警告が表示されなければならない。
許可された人物のみが入室できる。
実験中は窓・扉を閉め、施錠されなければならない。
施設にはオートクレーブが設置されていることが望ましい(実験室内にある必要はない)。
生物学用安全キャビネット(クラスIIA以上)の設置。基本はその中で作業する(エアロゾルが発生しない作業はキャビネット外でも可)。
実験者は、作業着または白衣を着用しなければならない。
種名がわからない検体など「適切なリスク評価を実施するために必要な情報が(中略)不足している場合(中略)には、基本的な封じ込め策-バイオセーフティレベル2」を適用する。

レベル3
レベル2までと異なり、封じ込め実験室である。要件は次の通り。

(レベル2に加えて)

廊下の立ち入り制限。
白衣などに着替えるための前室(エアシャワーなど)を設置しなければならない。そのとき前後のドアを同時に開いてはならない。
壁・床・天井・作業台などの表面は消毒・洗浄可能なようにする。
排気系を調節し、常に外部から実験室内に空気を流入させる。
実験室からの排気は、高性能フィルターを通し除菌した上で大気に放出する。
実験は生物学用安全キャビネットの中で行う。
オートクレーブは実験室内に設置されることが望ましく、実験室壁内に固定の両面オートクレーブも推奨される。
動物実験は生物学用安全キャビネットの中もしくは陰圧アイソレーターの中で行う。
作業員名簿に記載された者以外の立ち入りを禁ずる。


レベル4
最高度安全実験施設である。レベル3に加えて、レベル4の実験室は他の施設から完全に隔離され、詳細な実験室の運用マニュアルが装備される。

(レベル3に加えて)

クラスIII安全キャビネットを使用しなければならない。
通り抜け式オートクレーブを設置する。
シャワー室を設置する。
実験室からの排気は高性能フィルターで2段浄化する。
化学防護服未着用での入室を禁ずる。
レベル4の実験室を保有している国家は限られており、日本では国立感染症研究所と理化学研究所筑波研究所にのみ、レベル4実験室が設置されている。

ーー引用ここまで

このような危険な実験ができる施設は日本でも世界でも限られています(こちら)。

BSL4;理研は BSL3 で稼働中、長崎大学は計画中
BSL3

いくつかの研究所がありますが、731 部隊と強い関わりのある武田薬品もありますね。

武田薬品には「数土文夫(すどふみお)」という社外取締役がいますが、この「数土文夫」と「小泉純一郎」が親戚でした。

さらに、「数土文夫」の兄「数土直方」は「エスエス製薬」の名誉会長ですから、兄弟そろって薬でぼろ儲けです。

辺野古新基地の利権に絡む「安倍晋三」と「菅義偉」(「安倍晋三」一族のセメント利権)

日本国民から集めた血税をポケットマネーのように自由に使い回す「数土文夫(すどふみお)」という怪しげな人物。

毒ガスを扱っていたのは昔の話で、現代では製薬会社や医療関係者が毒ガスを扱うはずはないと思うでしょうか。しかし、抗がん剤の材料は毒ガスのマスタードガス由来です(こちら)。「がん」でばたばたと人が死んでいくのは、抗がん剤という毒で死ぬわけです。

ということは、自衛隊だけではなくて、製薬会社も毒ガスの実験や製造をしている可能性がありますね。

ここで、少し話題を変えて 731 部隊についてさらに詳しく見ていきます。実は、731 部隊には「安倍晋三」の祖父である「岸信介」が関わっています。

ーーこちらから引用ーー

岸信介が満州国国務院実業部総務司長に就任した1936年(昭和11年)に軍馬や家畜に対する細菌兵器の開発を担当しており、人体実験も行っていた「軍獣防疫廠」が満州に設立されたのであった。1941年には、「満州第100部隊」と改称されたそうだ。

おとといの記事でも触れた「日本軍による人体実験」より

七三一部隊は4つの支部以外に、大連にあった南満州鉄道の研究所も傘下に収めて支部とし、さらに平房の約260km北の安達には細菌兵器の実験場を持っていました。また関東軍は防疫給水部とは別に、新京(現在の長春)に「軍獣防疫廠」(1936年設立。1941年に「満州第一〇〇部隊」と改称)を持っていました。ここは軍馬や家畜に対する細菌兵器の開発を担当しており、人体実験も行っていました。

つまり、満州での人体実験や細菌兵器の開発は当時の総務司長であった岸信介の許可なしには行われなかったのであり、七三一部隊を率いていた石井四郎の背後で岸信介が実権を握っていた感がある。

ーー引用ここまでーー

731 部隊の鬼畜行為は「岸信介」の仕業ということです。

で、「岸信介」は天皇家の親戚です。詳しくは以下の記事をご覧ください。

トヨタと天皇と安倍晋三はとても近い親戚です。現在も日本経済を支配しているのは、大室寅之祐に与した「田布施一族」です。

また、旧皇族で日本オリンピック協会会長「竹田恆和(つねかず)」の父、昭和天皇の従兄弟である「竹田宮恒徳(つねよし)」も 731 部隊に関わっていました。

ーーこちらから引用ーー

『死の工場(隠蔽された731部隊)』(シェルダン・H・ハリス著:近藤昭二訳)より
10章「誰が知っていたのか?」
竹田宮は20数年前、日本占領下の満州で任務に従事した。そこで彼は、主席主計官として、関東軍において戦時に設置された重要なポジションに就いた。そういう地位の人間として、彼は満州におけるすべての細菌戦の関連施設に割り当てられる金を扱った。彼は平房を頻繁に訪れたが、その際は、宮田武中佐と名乗っている。おそらく竹田宮・宮田中佐は、自らの任務を果たすために、満州にある他の死の工場も視察したはずである。
 竹田宮は、他にもっと直接的なつながりを、細菌兵器施設との間に持っていた。彼は、関東軍司令部によって設置された、731部隊と100部隊の事業の監督をするための特別委員会の幕僚メンバーだった。彼の幕僚メンバーとしての最も重要な責務は、平房や他の支部施設を訪問する許可を与えるかどうかを決定することであった。関東軍における医療行政官のチーフのように権力のある個人すら、平房〔の施設〕に立ち入る際には竹田宮・宮田が発行した通行証を求める必要があった。関東軍司令官もしくはその直属の部下が731部隊を訪れるときは、竹田宮自身が彼らの一行に混じって彼らをエスコートした。

ーー引用ここまでーー

このように 731 部隊の残虐な人体実験は、天皇家一族が主体的に関わっていました。悪魔を拝む連中は想像を絶する悪事を平然と行います。

ということは、彼らの子孫が現在ケムトレイルで毒を撒いていてもなんら不思議ではありません。

毒を撒いて花粉症や気管支喘息といった病気を作り、薬を売って暴利をむさぼる。もう悪魔そのものでしょう。

このような連中がこれ以上、この世にのさばっていてはいけません。

速やかにこれら悪人が滅び、神様の愛によって満たされた地上天国が実現するように祈ります。

こちらの記事もどうぞ。

〈閲覧注意〉日本の密教もまた悪魔崇拝そのものです。

天皇家と安倍首相と永田町の政治家が「密教」を信じる悪魔崇拝者であるという確たる証拠。

3 Replies to “ケムトレイルと毒ガスと自衛隊と製薬会社と天皇家一族。私達の病気は誰のせい?”

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